順天倭城
チョンナム・クァンジュ統合特別市スンチョン市ヘリョン面シンソンリ (Sinseong-ri, Haeryong-myeon, Suncheon-si, Jeonnam-Gwangju Tonghap Teukbyeolsi)
順天倭城は、1597年の慶長の役で日本軍が全羅道攻略の前進基地として築いた土石城で、宇喜多秀家と藤堂高虎の指揮のもと、小西行長率いる約1万4千の軍が駐屯した。朝鮮・明連合軍との間で二度にわたる激戦が繰り広げられ、南海岸に築かれた26の倭城のうち唯一現存する城として知られる。李舜臣が最期の海戦、露梁海戦に赴く前に27日間滞在した史跡でもある。