海南全羅右水営

海南全羅右水営

朝鮮時代の全羅右道水軍の本営で、西海と南海が合流する軍事要衝地に位置していた。1440年に木浦からここに移転し、1895年まで455年間運営され、朝鮮水軍制度の変遷過程を示している。文禄・慶長の役では鳴梁大捷の後方基地として機能し、16世紀中頃に築造された船形の石城と轅門などの多様な防御施設が特徴である。
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