慶州 富山城
新羅文武王3年(663年)に築かれた石築山城で、朱砂山城とも呼ばれます。大邱から慶州に至る交通の要衝に位置し、慶州西方の防御を担う重要な軍事拠点でした。花郎の得烏が「慕竹旨郎歌」を詠んだ場所としても知られ、現在は南門跡、練兵場跡、井戸跡などの遺構が残されています。
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