聞慶鳥嶺関門

聞慶鳥嶺関門

慶尚北道 聞慶市 聞慶邑 上草里 555
嶺南地方とソウルを結ぶ重要な交通路であり軍事要塞として、高麗初期から鳥嶺と呼ばれてきました。文禄・慶長の役で鳥嶺防衛に失敗した朝廷は、粛宗34年(1708年)に朱屹関、鳥谷関、鳥嶺関の3つの関門を完成させました。朝鮮時代の国防の要衝として朝鮮半島交通史における重要な遺跡です。現在の施設は廃墟となったものを復元したもので、朝鮮時代の関防体系を示しています。
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